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第二章 

16話)ホームシアター



 ・・・・肉じゃがは程なくして出来上がり、ご飯も炊けたのでキッチンのすぐ側のテーブルに、料理を並べる。
 彼には兄弟がいるのかいないのか、分からなかったが、箱が乱雑に積み上げれたテーブルの上は、明らかに日常的に使われた形跡が見られない。
 ただ、ランチョンマットが、二つ並んで敷いてあるので、ひょっとしなくても父親と、彼と二人だけの生活なのかもしれなかった。
 今回は芽生と優斗が二人で並んで(・・ランチョンマットが対面ではなく、横並びに並んでいたせいだ。)
「頂きます。」
 と呟いて、食べ始める。
 遊園地の時と同じで、今回も昼食をあっという間に平らげてしまった優斗は、モグモグ食べる芽生の様子をさりげなく見てくるので、とても食べにくい。
(・・・・あの・・・そんなに見ないでくれる?)
 その訴えを口に出そうにも、彼の瞳に浮かぶ、幸せそうな表情は壊したくない。
 そんな表情は、学校では見たことなかったから・・・。
 同時に思う。今日、芽生が彼に会いにきた理由を。
 雅との件で、人の感情をもてあそぶやり方は、イヤだった・・・。と言うのだ。
 遊園地で優しい瞳を向けた演技をして、芽生を馴染ませてから雅に挑むやり方は、イヤだったと・・。
 芽生が、そんな事を思っているとは、露ほど思っていないらしい優斗は、遊園地で見せた顔以上に、リラックスした表情を見せている。
 今朝の彼は、どうも感じが違う。関係が終わった相手に対するにしては、楽しげすぎなのだ。
とても戸惑った。
(私との関係は、終わったんでしょ?)
 食事が終わると聞こうと思って決意し、パクパク口に入れる芽生に、優斗はまたクスクス笑いを浮かべてくる。
「その顔ウケる・・。マジ旨そうに食べるよね、芽生は・・。
 でも、このご飯も旨かったよ。」
(・・・一体どうゆつもりで、私を呼んだの???)
 眉をひそめて沈黙する芽生に、優斗は
「何?」
 と首をかしげて聞いてくる瞳が、これ以上ないくらいに邪気がない。
 この人、こんなだった?
 と思うくらい、芽生に向ける視線は柔らかく、だから余計分からなくなるのだった。
 真意を測りかねた。
 とにかく食事をすませて後片付けしてからでないと、話は進まないだろう。
 そう思って、最後の一口を放りこんだ後は、
「ごちそう様。」
 と言ってすぐさま二人分の茶碗を重ねてキッチンに運び、手早く洗って拭くと、食器棚にしまう。
「・・あの・優斗くん。」
 いよいよ話そうと口を開ける芽生の手を、ふいに優斗は取った。
 そして、あっという間に自分の腕の中に芽生を引き入れると、
「ホームシアターは2階なんだ。何枚かのディスクはストックしてあるから、選んでくれるといいよ。」
 気にいる作品があったらいいんだけどね。
 と言った彼の瞳。
 綺麗な瞳には、妖しい光がともっていた。
 呪縛を受けたようになって、芽生は肩を抱かれたまま、共に階段を上がってしまう。
(なんで私、言葉に出せないの?)
 自分で問うが、明確な解答がでないのだ。強いて言えば、彼とのいる空間を、もう少し味わっていたいと思う感情が、そうさせているのかもしれない。
 彼の促しに逆らわず、流されるように二階に上がった芽生は、気まずい雰囲気になるのを、少しでも後に延ばしてしまった。
「この部屋なんだ。」
 階段を上がって、隅にあるドアを開けると、そこは、部屋の一つを、ホームシアターのみで使用するように、レイアウトされた贅沢な空間だった。
 クリーム色の壁紙に、大きい画面。何台ものスピーカーが横と、ドア側に配置されて、立体的な音響を楽しめるようになっているらしい。
 棚に何本ものディスクが、ジャンル事に整理されて置いてあった。
「いきなり家に呼んだから、レンタルする暇なかっただろ?この中で見たいものある?」
 問いかけてくる彼の瞳が、一瞬不安げに揺らぐ。
(こんな瞳も初めてみるわ・・。)
 新しい発見に、目をそばだてる芽生だが、ディスクを見るように言われているので、何気に一本とって、彼に渡す。
 優斗はうなずいて、ディスクをセットすると、直ちに大音量の綺麗な音が流れだした。
 映像も、映画のスクリーン程とはいかないが、とても鮮やかだ。
「すっごいー。」
 目を見張った芽生に、優斗は満足げな顔をする。
「俺のじゃないけどね。 こっちのマットに座って見よう。」
 再び手を取られて連れてゆかれたそこは、ほとんど絨毯に直接座るような感じだ。
 こんもりと大きい、背もたれにもたれると、意外にも安定感があってくつろげる。
「このマット。感じいいー。」
 と言うと、ニッコリ笑って
「これのいい所は、寝っ転がって映画を見れる所。」
 言いながら横になってみせる姿が気持ちよさそうだ。
 さすがに、一緒に横になることはできなかった。
 優斗が異性だからだ。芽生の今日の服装は、言いたい事だけ言ってさっさと帰るつもりだったので、GパンとTシャツ(beans girlとプリントされた)に春物の薄いジャケットを羽織った色気のない服装だ。
 こんな恰好の芽生に、妙な気持ちにならないとは思うものの、
(やっぱり、一緒にはね〜。)
 と思う。
 のんべんだらりと映画をみる空間は、魅力的だが・・・ハハハ。と、意味のない作り笑いを浮かべて画面をチラリと見つめ
「映画が始まったよ。」
 と、映像を見るように促すと、優斗は起き上がって、部屋のスイッチを消した。
(・・・・!)
 ちょっとびっくりする芽生に、横に座った優斗が
「迫力が違うんだ。映画はやっぱり暗闇で見ないとね。」
 と、耳打ちしてくるので、納得する。
 共に映画を見るのだが、適当に選んだだけあって、内容はイマイチだった。
 けれども、音響と映像が鮮やかなので、それにごまかされた感はなきにしもあらずだが・・・・。
 映画を見ている間、優斗はなぜだかピッタリ体をつけてくるのだ。その上、手を握ったり、肩を抱いたり、腰に優しく触れてきたり・・・。
 そんな事をされるたびに、映画に集中しようとする芽生の気持ちが霧散する。
 映画どころじゃなくなってしまって、
「優斗くん。」
 と、注意するが、意味が伝わらない。
 とうとう映画の本編が終わって、エンドマークが流れる頃になると、ふいに彼は唇を重ねてきた。
(!)
 とっさに、かわせなかった。
 今度のキスは熱情的で、動きが早い。
 同時に彼の手がTシャツの中に潜り込んでくるのにビックリする。芽生はそれこそ動けなくなってしまった。
 ブラのフォックを、あっという間に外された。
 服をはだけられて、画面からでる薄暗い光の元で、露わになった胸をもまれて思わす痛い!と感じた。
 素肌を触られ、荒々しい息を上げる優斗の様子を恐いと思った。
 乳首をきつく吸い上げられて、声にならない叫び声を上げると、これ以上進めてこられるのはイヤだと思った。
 彼の頭を掴んで離そうとするが、微動だにしない。
「いやぁー。優斗君。やめて・・・。」
 小さく呻く
 思いの他、優斗の力は強い。焦りだす芽生の様子が、おかしいと手を止める彼に
「・・私達・・付き合ってないでしょ?」
 と呟いた途端、彼のキョトンとした表情にであった。
「そういえばそうだな。じゃあ、今から付き合おう。」
 言って、再び胸を触ってくるので、
「ちょっと待って・・。その私、いきなりそれは・・。」
 と言いよどむと、
「いいじゃん。芽生も好きだろ?・・・しようよ。」
 と言ってくるのだ。
 それは違うと思う。
「あの・・・ダメ。好きとか嫌いとか・・そういうのじゃなくて・・私、初めてだから・・した事ないの。」
 芽生の告白に、ピタリと動きが止まる優斗。
「・・・嘘だろ?」
「本当なの・・。」
「じゃあ、告られた事は?・・・つき合ったりしたことくらいはあるだろ?」
 薄暗い部屋の中でも、眉をひそめる彼の表情くらいは読み取れる。
「告られた事も、付き合ったこともないわ。」
「マジ?・・芽生の所の中学校の男共は、何やってたんだ。」
 信じられないと、首を振る彼に、翔太の事は絶対言えない。と思う。
「・・・だから、ごめん。いきなりは、私。怖いの。」
 怯えた瞳で、そう言われて、さすがの優斗もこれ以上は手を出せないと思ったらしい。
「わかった。今日はしない。でも、俺はお前を気に入っているから・・・その、雅の一件では、迷惑もかけたし、助けてくれたのも、感謝してる。
 ・・・・それとは別に、芽生と一緒に過ごしてみて、もっと一緒にいたくなったんだ。
 分かってくれる?」
 上に乗っかられた状態で、それも半分服もはだけられて、真面目な言葉を吐く彼の顔は真摯だった。
 芽生がコクンとうなずくと、優斗は見て分かるくらいにホッとした顔をした。
 それから熱い視線で芽生を見つめて、
「じゃあ。キスだけだったらいいだろ?」
 と質問系な言葉を投げかけておきながら、芽生の答えを待っていない。
 すぐさま口づけられ、さらに柔らかに肌をなぜて、身じろぎする芽生の反応を、楽しむかのように喉を鳴らした彼は、
「芽生だったら、すぐにも馴れるよ。」
 言われた瞬間。翔太の声が思い浮かんだ。
『・・・言われるままに股を開いたんじゃないだろうな。』
(私、ちゃんと言ったよ。・・・ダメだって・・。)
 心の中でつぶやきながら、同時に思う。
 男と女が睦合う行為は、結構激しいものなのだな。と・・・。
 そして、謎の一つが解けた。
 芽生に見せていた彼の笑顔が、演技ではないという事。
 それを確認出来て、なぜだかとても嬉しかった。
 ふいに優斗に抱きつきたくなるのだが、自制してやめた。
 彼は翔太と違う。芽生が抱きついたりするものなら、すぐさま行為の続きを始めてしまうだろう。
 そんな覚悟が出来ていないので、
「出ようか。」
 と、終わったディスクを取り出して、棚に戻して言ってくる彼に、コクリとうなずくのみにするのだった。